設立当時の最高位は会長
設立当時の最高位は会長だったが、戦後廃止されたため現在は理事長である。役職は、理事、監事、役員待遇、委員、主任、参与、年寄(平年寄ともいう)の7職階に分かれており、2008年1月現在参与職の年寄はいない。1968年までは理事の上に取締という役職を置き、取締が協会運営の中枢を担っていた。
役員(理事・監事)の定数は寄附行為の定めにより、理事は9名以上13名以内、監事は3名以内。理事長は理事の互選で定め、理事長以外の理事は各部の部長を務める。監事は、理事会及び評議員会に出席できるものの議決権はない。もともと、法律では財団法人の監事は「理事の業務執行の状況を監査する」機関であるが、理事の部長に対して監事は副部長として業務執行に従事するなど、理事の業務執行に対する監査機能が軽視されている。
役員(理事・監事)の任期は2年で、西暦偶数年の1月場所後に選任される。役員は、評議員(年寄名跡105名以内+一代年寄2名、現役力士4名以内、行司2名以内で構成)の投票による選挙で選出される。現役力士、行司の評議員は、それぞれ力士会、行司会の互選で定める。現役力士の評議員は、慣例として日本国籍を有する番付上位(横綱・大関)の者が選ばれ、2008年1月では横綱・大関に該当者が3名しかいなかったため現役力士の評議員は3名となった。
理事長経験者は相談役となり、理事と同等の待遇を受ける。また、理事経験者や副部長の職責を全うできる者は、役員待遇として監事と同等の待遇を受ける。
力士は引退後に平年寄(元横綱は引退後5年間、元大関は同様に3年間委員待遇)として指導普及部へ配属され、警備などを担当する。その後の改選時に主任、さらには委員となる。ただし、年寄名跡を所有していない、いわゆる借株の年寄は平年寄に留め置かれ、番付において年寄株を所有している他の平年寄よりも下に置かれる。
諮問機関には、横綱審議委員会、運営審議会の2つがある。2007年には先述の時津風部屋における事件を踏まえて有識者を含む「再発防止検討委員会」を発足させた。委員は、協会からは伊勢ノ海、友綱、秀ノ山、中村、桐山、松ケ根、千賀ノ浦、井筒の8親方、外部からは大西祥平(慶應義塾大学スポーツ医学研究センター副所長)、塔尾武夫(日本相撲連盟副会長)、やくみつる(漫画家で好角家としても知られている)、山口弘典(日本プロスポーツ協会副会長)、山本浩(日本放送協会解説委員)。
2008年4月1日、再発防止検討委員会は、春場所のため中断していた部屋視察を再開し、14日で53部屋の視察を終了する。5月に開かれる全体会で各員の意見を集約する。
懲戒処分には、譴責・減俸・出場停止・番付降下・解雇・除名がある。解雇までの5項は理事会の決議によって下されるが、除名については役員、評議員、横綱、大関の総数の4分の3以上の決議による。
これまで騒動となった問題と処分としては以下の通りである。
1985年2月、年寄名跡「花籠」を借金の担保にしていたことが表面化し委員から平年寄への2段階降格処分と無期限謹慎処分が下った輪島大士(第54代横綱)。
1997年、1996年11月場所から翌年初場所まで予告なしに本場所を欠場(失跡)し、解雇処分が下った16代山響親方。
2007年8月、腰の骨折と称しモンゴルへ帰国直後に中田英寿とサッカーをしていたことが露見し、2場所出場停止と謹慎処分が下った朝青龍明徳(第68代横綱)。
2007年10月、時津風部屋力士暴行死事件を起こし、解雇処分が下った15代時津風親方。
2008年8月、大麻所持で逮捕され解雇処分が下った若ノ鵬寿則。
2008年9月、若ノ鵬の事件を受け、抜き打ちドーピング検査で大麻陽性反応が出た露鵬幸生、白露山佑太兄弟(共に解雇処分)。
2008年12月、時津風部屋力士暴行死事件を起こし、一審で有罪判決を受けた時津風部屋所属の力士3名(解雇処分)。
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